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山口地方裁判所下関支部 昭和42年(ワ)85号 判決 1970年7月09日

原告兼原告山田春夫

親権者父

山田孝次郎

原告兼原告山田春夫

親権者母

山田ミドリ

原告

山田春夫

原告代理人

田口隆頼

被告

三菱重工業株式会社

代理人

甲斐

被告

阿部松雄

代理人

西田信義

主文

被告三菱重工業株式会社は原告山田孝次郎に対し金三・一三〇・七一四円およびこれに対する昭和四二年四月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告山田孝次郎の被告三菱重工業株式会社に対するその余の請求および被告阿部松雄に対する請求を棄却する。

原告山田ミドリと同山田春夫の被告らに対する各請求を棄却する。

訴訟費用は、原告山田孝次郎が支出したものを四分し、その三を右原告の、その一を被告三菱重工業株式会社の各負担とし、右被告が支出したものを六二分し、その三〇を同被告の、その三〇を原告山田孝次郎の、その二を原告山田ミドリと同山田春夫の各負担とし、被告阿部松雄が支出したものを原告らの負担とし、原告山田ミドリと同山田春夫が各支出したものを当該原告の負担とする。

第一項は原告山田孝次郎が金300.000円の担保をたてたときは仮に執行することができる。

事実<省略>

理由

(一)  昭和四一年一一月一九日午前一〇時頃に被告会社の下関市大字彦島一一三〇番地一〇下関造船所ドックに修理碇泊していたガートルドテレーズの船底タンク前部マスホール入口にファンが置いてあつたことは当事者間に争いがなく<証拠>を綜合すると原告孝次郎が同日時頃に被告阿部の労働者として鉸鋲作業をするため右マンホールからタンク内に入つたさい本件ファンの下部から左手を吸いこまれ左橈骨開放骨骨折や左手根手尊部筋神経血管断裂などを負つたことが認められ、原告孝次郎が右負傷のため昭和四一年一一月二九日に手術で左前腕部を切断したことについて原告らと被告会社間に争いがなく被告阿部は争うが<証拠>で認められ、なお被告会社仮定抗弁(一)の原告孝次郎が自分で左手を本件ファンに近づけたことを認めるにたる証拠はない。

(二)  被告会社がその下関造船所で船舶修理事業などをするものであることは被告会社において明かに争わないので自自したものとみなすが右事実によれば被告会社は労働災害防止団体等に関する法律(以下「労災団体法」という)施行規則一三条所定の元方事業主である。被告会社が本件船舶の修理について請負業者の被告阿部に鉸鋲の下請をさせたことは原告らと被告会社間に争いがなく、そして<証拠>によると原告ら主張の「被告会社が本件船舶の修理作業統轄者であつたこと」の前提である下請人労働者のほか被告会社労働者も本件船舶の修理作業に従事したことが認められ右両事実によれば被告会社は本件船舶の修理元方事業主として労災団体法施行規則の定めるところにより下請人労働者と被告会社の作業が本件船舶において行なわれることによつて生ずる労働災害を防止するため労災団体法五七条一項所定の措置を講ずる義務をもつ本件船舶の修理作業安全責任者であつたのである。本件ファンが被告会社の所有であることは原告らと被告会社間に争いがなく、本件ファンが作業用器具であることは被告会社において明かに争わないので自白したものとみなすところ、「労災団体法五七条一項所定の措置」というのは「統轄管理者の選任、協議組織の設置、作業間の連絡及び調整、作業場所の巡視その他必要な措置」であつて「その他必要な措置」についての労災団体法施行規則一九条、二〇条、二一条には「元方事業主が所有する作業用器具についての事故防止措置」を規定していないけれども、労災団体法にいう「労働災害」には二条によれば「労働者の就業に係る設備による負傷」も含むが右にいう「設備」を「作業用器具を除外した意味」に解する合理的理由がなく、したがつて労働災害防止のための労災団体法五七条一項による元方事業主の「その他必要な措置」を講ずる義務のなかには「元方事業主が所有する作業用器具についての事故防止措置」を講ずる義務も含まれると解さなければならぬ。

さて<証拠>を綜合すると本件ファンは高さ43.5糎、外径五三糎の鉄製円筒型で内部には下部から6.5糎のところに長さ約一〇糎の鉄製羽根七枚があり原告孝次郎が左手を吸いこまれた下部には直径七糎の鉄棒一二本が3.5ないし4.5糎の間隔でついていたが金網はついていなかつたことが認められ、<証拠判断省略><証拠>を綜合すると本件ファンは電動式二二〇ボルト五馬力でかなりの吸引力があることが認められ、<証拠判断省略>そして<証拠>によれば本件ファンが置いてあつたマンホールの入口は短径四〇糎で長径は六〇糎であるが本件ファンが置いてあつたため二〇糎位せばめられていて人一人がやつと出入できる位のものであつたことが認められるのをあわせ考えると本件ファンの下部には鉄棒がついていたとはいえ通常人の手が並行すれば入る間隔であるから金網がついていなければ吸引事故がおこるおそれがあつたことは明白である。

ところで反証がないから本件ファンの下部に金綱がついていなかつたのは被告会社においてつけていなかつたものと推認するほかはなく、そうすれば被告会社は本件ファンについて労災団体法五七条一項による事故防止の措置を講ずる義務を怠つた過失があるから本件事故につき固有の過失による損害賠償責任がある。

なお<証拠>を綜合すると被告会社がその作業監督を受けない本件船舶修理(電気熔接)下請人の三神合同株式会社へ本件ファンを貸渡していたことが認められ、被告会社は右貸渡により本件ファンについての安全責任を免れたと主張するが、本件ファンの下部に金網をつけていなかつた被告会社の過失は本件ファンの貸渡によつて消滅するものではないから右主張は失当である。

(三)  被告阿部が原告孝次郎の使用者であつたことは原告らと被告阿部間に争いがなく、そうすれば被告阿部には源告孝次郎に対する労働契約上の安全責任があつたのであるが、本件ファンが被告会社の所有であることは原告らと被告阿部間に争いがなく本件ファンが作業用器具であることは被告阿部において明らかに争わないので自白したものとみなすところ、原告孝次郎に対する被告阿部の安全責任は本件ファンのような被告会社所有の作業用器具についてまでおよぶものではないから、たとえマンホールに置いてあつた本件ファンに金網などがついていないことを確めなかつたとしても被告阿部には本件事故についての過失による損害賠償責任はない。

しかし<証拠>を綜合すると本件事故で被告阿部の労働者として業務上負傷した原告孝次郎は、七三日負傷療養のため労働不能でその間平均賃金1.705円を受けられず、そして左上肢を腕関節以上で失つたことが認められるから、被告阿部には原告孝次郎に対する本件事故の災害補償責任があり、その金額は平均賃金額の一〇〇分の六〇に療養日数を乗じた労基法七六条による休業補償金76.650円(原告孝次郎主張の378.510円は療養日数を誤認し、かつ一〇〇分の六〇乗ずるのを看過したことによる違算)と平均賃金額に身体障害等級五級所定日数七九〇を乗じた労基法七七条による障害補償金一・三四六・九五〇円である。

<証拠>によれば被告阿部仮定抗弁(二)のとおり原告孝次郎が、労災保険法による昭和四一年一一月二二日以降同四二年一月三一日までにおける本件事故の休業補償給付金72.633円および同四二年二月一日以降同四五年四月三〇日までにおける本件事故の障害補償年金639.111円を受領し、そして終身、労災保険法による本件事故の補償年金235.377円の支給を受けることが認められるので被告阿部は主張のとおり労基法八四条一項により前記責任を免れた。

(四)  原告孝次郎が大正一三年一二月二一日生で本件事故により左上肢を腕関節以上で失つたことは原告らと被告会社間に争いがなく、<証拠>を綜合すると、原告孝次郎が手取給料年額580.064円(税込給料年額626.322円)の鉸鋲工であつたこと、六三才の鉸鋲工もいること、原告孝次郎は本件事故で身体障害を受けたため鉸鋲工の仕事ができないようになつて失職し職業訓練を受けたあと昭和四三年一二月一日以降岡本鉄工所でボルト製造工として稼働しており被告会社仮定抗弁(三)①のとおり原告孝次郎の昭和四四年税込給料年額は403.693円であることが認められる。そこで原告孝次郎は本件事故により四二才から六三才まで二一年間鉸鋲工として完全稼働することができるはずであつた労働能力を低下したが約二年の失職期間については公的資料である労働基準局通達同三二年七月二日付通達により原告孝次郎の身体障害等級五級に相応する労働能力喪失率0.79を労働能力低下率としてこれを鉸鋲工の手取給料年額に乗じた458.250円(円未満切捨)を労働能力低下による逸失利益年額にし、原告孝次郎が就職した同四三年一二月一日以降一九年間については鉸鋲工の税込給料年額とボルト製造工の税込給料年額との差額222.683円を労働能力低下による逸失利益年額にする。したがつて本件事故による原告孝次郎の逸失利益は、458.250円に年毎ホフマン式期数二現価係数1.8614を乗じた912.986円(円未満切捨)と、222.683円に年毎ホフマン式の期数二一現価係数14.1038から期数二現価係数を差し引いた12.2424を乗じた二・七二六・一七四円(円未満切捨)になるところ、原告孝次郎において「失業保険法による失業保険金506.000円と昭和四三年一二月一日以降同四五年一月三一日まで分岡本鉄工所分給料460.559円を受領し逸失利益に充当した」と自認し、その自認による充当は逸失利益の填補ではない金員額についてしたものではあるが被告会社が援用したので右自認による充当をすると本件事故による原告孝次郎の逸失利益残は二・六七二・六〇一円となる。

ところが<証拠>によると被告会社仮定抗弁(三)②のうち原告孝次郎が労災保険法による昭和四一年一一月二二日以降同四二年一月三一日までにおける本件事故の休業補償給付金72.633円および同四二年二月一日以降同四五年四月三〇日までにおける本件事故の障害補償年金639.072円(被告会社主張の639.111円は違算)と厚生年金法による同四二年二月一日以降同四五年四月三〇日までにおける本件事故の障害年金460.182円を受領した(被告会社において原告孝次郎は厚生年金法による同年五月分の本件事故障害年金も受領した旨主張するが厚生年金法三六条三項本文によれば年金は、毎年二月、五月、八月及び十一月の四期に、それぞれその前月分までを支払うのであるから本件訴訟結審時である昭和四五年六月四日現在において同年五月分の年金が支払われているはずがない)ことが認められるところ、原告孝次郎が受領した労災保険法および厚生年金法による給付額一・一七一・八八七円の限度では労災保険法二〇条一項および厚生年金法四〇条一項により原告孝次郎の被告会社に対する本件事故の逸失利益賠償請求権を政府が取得したのであるから、本件訴訟結審時における原告孝次郎の被告会社に対する逸失利益賠償請求権金額は二・六七二・六〇一円から一・一七一・八八七円を差し引いた一・五〇〇・七一四円に減縮したのである。

なお<証拠>によれば被告会社仮定抗弁(三)③のとおり原告孝次郎は終身、労災保険法による本件事故の障害補償年金235.377円と厚生年金法による本件事故の障害年金185.506円(原告春夫が一八才になれば翌月から7.200円減額)の支給を受けることが認められるところ、原告孝次郎は今後右年金の支給を受ければ支給価額の限度で被告会社に対する本件事故の逸失利益賠償請求権を政府に取得されること前示のとおりであり、逆に原告孝次郎が被告会社から本件事故の逸失利益賠償を受けると、その価額の限度で政府から、労災保険法による本件事故の障害補償年金の支給を停止されることになる(労災保険法二〇条二項)し、厚生年金法による本件事故による障害年金の支給は停止されるおそれがある(厚生年金法四〇条二項)。

原告孝次郎は本件事故により負傷し、かつ左上肢を腕関節以上で失つたことにより精神的苦痛を受けたことが自明であるところ、右精神的苦痛に対する慰藉料は明確な基準によつて算出するのが適当と思料し本件事故が交通事故ではないけれども当時における和四一年政令第二〇三号で改正の自賠法施行令二条イおよび右施行令別表五級所定金額により負傷につき500.000円で後遺障害につき一・一三〇・〇〇〇円と算定する。

原告孝次郎が原告訴訟代理人へ本件訴訟委任謝金など400.000円を支払う約束をしたことを認めるにたる証拠はない。

(五)  原告ミドリと同春夫は同孝次郎の妻と長男であるが本件事故により左前腕部を失つた原告孝次郎を助けてやらねばならぬようになり各慰藉料金100.000円に匹敵する精神的苦痛を受けたと主張するところ、右身分関係は原告ミドリおよび同春夫と被告会社間に争いがなく、<証拠>によれば原告ミドリと同春夫は本件事故により左前腕部を失つた原告孝次郎の入浴時における体洗いや洋服着用時におけるバンドしめなどをしてやらねばならぬようになつたことが認められるところ、その程度では原告ミドリと同春夫において同孝次郎が生命を害された場合に比肩される又は右の場合に著しく劣らないほどの精神的苦痛を受けたものとはいえず、したがつて原告ミドリと同春夫は被告会社に対し本件事故による慰藉料を請求することはできない。

(六)  以上のとおりであるから原告らの被告らに対する請求を原告孝次郎が被告会社に対し損害賠償残金三・一三〇・七一四円およびこれに対する本件事故後である記録上明白な訴状送達の翌日昭和四二年四月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容排斥し、そして民訴法の八九条と九二条本文および一九六条を適用する。(田尻惟敏)

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